長城にまつわる神話、伝説、物語は数多い。そして要塞自体にまつわる物語もある。
『―――昔々、二羽のつばめが要塞で暮らしていた。兵士達は皆この二羽のつばめが朝早くエサを探しにでかけ、夕方帰ってくる、ということも知っていた。
ある日この二羽はあまりに遠く出かけたため、帰った時には要塞の鉄門はもう閉じられていて、中に入れなかった。
つばめは見張りの兵隊にどうか門を開けてくれと頼んだ。でも兵隊は「開けることはできない、日が昇るまで開けないように命じられている。」と答えた。つばめはもう一度兵隊に頼んだ。「どうかお願いします、私たちを中に入れてください。私たちはここに住んでいるのです。あなたもそれは知っているでしょう。」それでも見張りの兵隊は彼らの望みをかなえてくれない。「だめだ、命令に従わないと、俺は殺されてしまうのだ。」つばめ達は何度も何度も兵隊に頼んだが、兵隊は絶対に門を開けてくれない。
要塞の周りには家も樹も無く、つばめが体を休める場所はどこにも無かった。日はとうに暮れてしまっていたので、つばめは闇の中で方向が分からず、ついには鉄の門にぶつかって死んでしまった。
そのツバメ達の魂は今でもその要塞に宿っていて、要塞を石でたたくとツバメのさえずりのような音が聞こえる。』
「グレートウォーク」の計画が始まった時、中国については何も知らなかったに等しい。長城を歩く自分の姿を想像すると、決まってカメラを構えどこまでもどこまでも続くレンガ造りの長城を淡々と歩いていく姿だった。でもその考えは間違っていた。
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何も知らずにゴビ砂漠を出発した最初の日を思い出す。目の前に広がる景色は想像とはほど遠く、自分の無知さ加減に思わず笑ってしまったくらいだ。それまでは高さ7メートル、幅4メートルのレンガ造りのきれいな長城を西から東へただたどっていけばいいと思っていたのだ。言葉にしても「●好」と「謝謝」しか知らなかった。
旅の初日の興奮した僕の気持を表す言葉は見つからない。人工建造物の七不思議のひとつ、長城を走破するという夢。そして昂揚感・・・目の前に何マイルにもわたって広がる砂漠と遠くに輝くチーリエン山脈。長城をはさんで戦う兵士達や長城の建造を強制された人々のイメージがあとからあとから湧いてきた。子どもじみた想像だけれども、過去にタイムスリップしたような気にさえなるのだった。
もう10月で冬に近づきつつあった。しかしゴビ砂漠は砂漠らしく暑かった。
最初の日、長城を見つけるのは少々困難だった、長城は僕らの想像していたものとは全く違ったからだ。6歳の子どもほどの背丈もなく、レンガ造りではなく、幅も4メートルもなかった。見張り台はパンフレットに載っているようなものとはほど遠い、小さいピラミッド状だった。ステレオタイプなイメージの長城ばかり想像していたから、それが長城なのだと気づくまでにしばらくかかったのだ。
実際の長城は頻繁に途切れ、ほとんど瓦礫状態の古いのろし台を目印に歩いて長城を「見つけていく」のはけっこう楽しかった。僕は長城の成り立ち、そしてなぜ、どうやって作られたかについて遅ればせながら学んでいった。
西方の長城はゴビ砂漠とBadainJarain砂漠に続き、地球から出来たというべきか、太陽でやかれた土でできていて『Earth Walls(地球の壁)』と呼ばれている。それらの壁は黄土をおしかためたものかレンガで出来ている。大部分は残っているもののひどく破壊されていて、もう土にかえってしまっている部分もある。崩れかけた建造物からかつてここに長城があったことがおぼろげに分かるばかりだ。砂漠の気候は厳しく、長城を建造した当時の何百万人もの労働者の苦労もしのばれる。
興味深いことに、この厳しい環境の中で、苛酷な砂漠の主人公である砂自体が長城を保存している場合もある。砂に埋もれた長城は砂嵐、雨、雪をさけていまだに昔の形のままに生き長らえているのだ。
●=「イ」+「尓」 |