四季を通じて、砂漠や山々、丘陵地などの様々な地形を歩くことは体、特に足に大きな影響を与える。35キロもするバックパックを最初の1ヶ月間背負い続けていただけで僕の膝は痛み始めた。特に右膝の痛みがひどく、市街地にたどりつく度に病院にいそぎ、針治療をうけた。
医者の多くはとても親切で、外国人の僕が来院することを楽しんでいるようだった。医者の何人かにとっては英語を勉強するまたとない良い機会だったし、絶好の暇つぶしの機会だったりした。でも僕の膝のことになると医者全員の意見は同じで、少なくとも一週間は休むようにと忠告された。
「あなたの膝はつかれている。筋肉は消耗しているし、休んだ方がいい」
僕は行程を止めたくなかったし、何より一週間も休むなんて考えられなかったので、薬をだしてもらって先へ進んだ。
旅の行程でビデオと写真を適度な角度で撮影するためには、かがんだり、時には寝転がったりしなければならなかったので、膝にもっと負担をかけた。ある日など、あまりの膝の痛さに一歩30センチほどでしか進めない時もあったほどだ。次の街で針治療をうけ、そして薬を処方してもらった。その時まだ前回の薬が残っていたので、効果を強めるために2種類の薬を同時に服用してもいいかと聞くと、医者は「大丈夫だ、問題ない」と答えたが、その結果は…全く大丈夫ではなかった。
その町をでて一週間後、寧夏省のHellanShanの南の山間部を歩いていた頃、同時服用していた薬が副作用をおこし、右ひざが炎症をおこした。その炎症のせいで、僕の膝は2倍にもふくれあがり、3つの水ぶくれのなかには奇妙な黄色の液体がつまっていた。膝が麻痺しているせいで痛みは完全になくなったものの、ひざの見てくれはまた医者に意見をきかなければならないひどさだった。
そして医者のアドバイスはまたしても休息して、膝中に広がった感染を抑えなければならないというものだった。膝の腫れを引かせて、そして血の循環が元にもどるように、水ぶくれを治癒しなければならなかった。本当に膝の外見は見られたものではなかった。でももしこのケガがなければ、僕の膝の痛みはもっとひどいものになっていたかもしれない。
みにくい水ぶくれを切除して治療したあと何日か休んだ後、僕はまた長城を歩きはじめた。 |